´ω`)ノ

小学生の頃の授業参観が
「福祉社会について書いた作文を読む」
(もっと簡単な言い方だったと思うが、趣旨は同じ)という内容だった。

担任は「障害のある人には優しくしよう」みたいな作文を期待してたんだと思うが、
私達はクラスメイト全員で事前に示し合わせて

「クラスのAちゃんは、先生にひいきされるのを嫌がっています。
先生は『障害のある人には優しくしろ』と言うけど、先生はAちゃんが嫌な事をしていいんでしょうか」
「Aちゃんは本が好きで休み時間も本を読みたいのに、
一人で本を読んでいると、仲間外れだと思われて
僕達が先生に怒られるので、学校で本が読めなくて困るそうです」
こんな感じの作文を書いて、途中で担任がヒス起こしても保護者がざわついても勝手に次々と読み上げた。
最終的にAちゃん本人が
「私は耳が不自由だけど、友達も沢山いて学校も楽しいので全然困りません。
それなのに、先生が私だけ特別扱いしてきます。
先生がいると、私は普通じゃないんだと思ってしまって悲しいです」
と読み上げたあたりで、担任が泣きながら教室から逃亡して授業が中断した。

Aちゃんは学期途中で親の仕事の都合で転入してきた子で、先天性の軽い難聴。
補聴器を付ければ支障は無いし、少し内気だけど頭が良くていい子なので誰も仲間外れになんかしてなかったのだが、
「障害者に優しい自分が大好き」な思想の担任が間違った方向に一人で突っ走っており、
小学生ながらに気持ち悪かったし、Aちゃんも皆もわりと本気で迷惑していた。
直談判しても、一方的に私達が悪者扱いされて一蹴された為の計画だった。

担任は辞めたのか知らんが、それ以降学校に来なかった。
AちゃんとAちゃん親には、校長から謝罪があったらしい。
Aちゃん親は後に学校に来て
「あなた達みたいな子達がAの友達で嬉しい」
と私達を褒めてくれ、気恥ずかしさで皆ニヤニヤしてた。
まだ「逆差別」って言葉が無かった頃の、クラス全員の武勇伝。

修羅場とか武勇伝とか (via yue)

いい話。しかし、逆差別の使い方が間違ってないか(笑)

(via shinjihi)

「そして輝くウルトラソウル」がどんな上の句にも馴染むって話題になってるけど、江戸時代にもどんな上の句でも「それにつけても金の欲しさよ」がなじむってブームがあったことは意外と知られていない。日本人まじループ民族。「それにつけてもおやつはカール」はこの改変。
Twitter / @riex_ (via mcafee-x6)
休日の午前中に、「500円だけを持って外に出かけて、どうステキな休日の午後を過ごすか」を真剣に考えてみるのはすごく楽しいので火曜日にやってみると良いよ。考えることがまずワクワクするし、そのための午後を過ごすのはたった500円でも贅沢な気持ちになれるから。
[ http://twitter.com/raf00/status/6370321410035712 ]

例えばブックオフで普段読まないような 100円の文庫を買って、マクドナルドなりドトールなりでコーヒーを飲みながらのんびり読むだけでも「500円以内で非日常」を感じられる。駄菓子屋で豪遊するのも良い。パンとコロッケを買って即席サンドイッチを公園で食べるのもいい。普段と違う使い方がいい
[ http://twitter.com/raf00/status/6371413652938752 ]
しの (raf00) on Twitter (via eternityscape)
2011-10-31 (via gkojax-text)
adachix:

65a51bdf.jpg
kussytessy:

日本人がテトリスをやった結果がこれだよ!
ある大学でこんな授業があったという。
「クイズの時間だ」教授はそう言って、大きな壺を取り出し教壇に置いた。
その壺に、彼は一つ一つ岩を詰めた。
壺がいっぱいになるまで岩を詰めて、彼は学生に聞いた。
「この壺は満杯か?」教室中の学生が「はい」と答えた。
「本当に?」
そう言いながら教授は、教壇の下からバケツいっぱいの砂利をとり出した。
そしてじゃりを壺の中に流し込み、壺を振りながら、岩と岩の間を砂利で埋めていく。
そしてもう一度聞いた。
「この壺は満杯か?」学生は答えられない。
一人の生徒が「多分違うだろう」と答えた。
教授は「そうだ」と笑い、今度は教壇の陰から砂の入ったバケツを取り出した。
それを岩と砂利の隙間に流し込んだ後、三度目の質問を投げかけた。
「この壺はこれでいっぱいになったか?」
学生は声を揃えて、「いや」と答えた。
教授は水差しを取り出し、壺の縁までなみなみと注いだ。彼は学生に最後の質問を投げかける。
「僕が何を言いたいのかわかるだろうか」
一人の学生が手を挙げた。
「どんなにスケジュールが厳しい時でも、最大限の努力をすれば、 いつでも予定を詰め込む事は可能だということです」
「それは違う」と教授は言った。
「重要なポイントはそこにはないんだよ。この例が私達に示してくれる真実は、
大きな岩を先に入れないかぎり、それが入る余地は、その後二度とないという事なんだ」
君たちの人生にとって”大きな岩”とは何だろう、と教授は話し始める。
それは、仕事であったり、志であったり、愛する人であったり、家庭であったり・自分の夢であったり…。
ここで言う”大きな岩”とは、君たちにとって一番大事なものだ。
それを最初に壺の中に入れなさい。さもないと、君達はそれを永遠に失う事になる。
もし君達が小さな砂利や砂や、つまり自分にとって重要性の低いものから自分の壺を満たしていけば、
君達の人生は重要でない「何か」に満たされたものになるだろう。
そして大きな岩、つまり自分にとって一番大事なものに割く時間を失い、その結果それ自体失うだろう